2014年05月23日

Wester States, again !

90年代、このトレイルを走り続けた。
http://www.ultrasportslive.tv/official-western-states-endurance-run-course-preview/
カーブの一つ一つを覚えている。忘れられない風景がある。

雪の残る冷気の中のスタート。高鳴る胸を抑えられなかった。最初の登り、どんどん抜かれて行く時の胸のざわつき。でも「ゴールしたとき自分の前にいるのはこの中の一握りなんだから落ち着け」と言い聞かせる。

エミグラントパスで振り返るとタホ湖の向こうに朝日が昇る。
雪でダンカンキャニオンまでエイドのない年もあった。
始めてクルーと会えるロビンソンフラットでは熊にもあった。
ダスティコーナーまでのロードの苦しいこと。ラストチャンスの膝が悲鳴をあげる下り、上がり続ける気温は谷底では40度を超える。
http://www.ultrasportslive.tv/official-western-states-endurance-run-course-preview/
デビルズサムの登り、道端で泣いていたジョーンズさん。
午後二時の焼けつくエイド・ミシガンブラフで食べたアイスクリームのおいしかったこと。ボルカノキャニオンからフォレストヒルへの登りで出会ったシドニーメルボルンの戦友Randi "Rocky" Bromka。


フォレストヒルからアメリカンリバーへの長い下り、毎回予備電池をどこに置くか迷った…カリフォルニアループ。いつもこの下りで胃をやられた。
はじめて見たラッキーチャッキー、まぶしかった。川の両岸からライトで照らされる水の中で支えてくれるボランティア。冷たい雪解け水の渡渉、気持ちよくて川の中で立ったままのランナーもよく見た。
WS-51.jpg

グリーンゲイトへの登りには必ずスカンクがいた。
ブラウンズバーまでのローリングするトレイルでは鹿の目に何度であったか。
バッファローチップスがまだブラウンズバーを担当してた頃、走ってたどり着くと、赤い悪魔がいたなぁ。
ハイウェイ49からノーハンズブリッジまでの下り、いつもペーサーを置いてけぼりにした。ゴールまでの区間でベスト10に入ってたこともあったな。
ノーハンズブリッジはいつも闇の中、はじめて夜明けに通って橋を見たとき、川の美しさに絶句した。

友人の伴走が許されるロビーポイントからゴールまで。最初のレースではクリスの背中だけを見て爆走し、気が付いたらRDのノーマンさんに助け起こされてた。
ws100-2.jpg

高校の体育館のなが〜いアワード。一人ひとりバックルを貰いに前に進み出る。その時の誇らしさ。

60歳代、もう一度シルバーバックルを目指して走りたい。

Dick Laine, RIP
posted by ultramomosan at 07:04| Comment(0) | 日記

2014年05月15日

加齢

CA3I03200001.jpg
最近、母の思い込みが激しさを増し、たいうか人の言うことを聞かないで拗ねることが多くなった。85才になるからしかたないけど、早よう迎えが来んかなぁ…と言うのを聞くのはつらい。
悪気がないのはわかってても、なんのために自分は頑張ってるんだろう、とガックリくる。
意識不明の戯言も、ボディブローみたいに効いてきて、わかりきってても、落ち込む。子供の頃の悪行は永遠に払拭できない、刷り込みになるんだろうなぁ。

時に、何もかも捨てて逃げ出したくなる。
posted by ultramomosan at 21:17| Comment(0) | 日記

2014年05月02日

GW、ひさびさの走り遍路

CA3I02910001.jpg今回は、足摺岬をパスして宇和島から松山まで。
3日間のゆっくり遍路と、久万高原で、忠政くんのトレラン登山イベントに参加。

朝早い列車に乗って、ふと(もう何年こんなことやってるんだろう)と思った。思い起こせば初めての走る旅は1987年のことかな…同じGWに長崎から広島まで のランニングを思い立ち、長崎CTCの林さんに見送っていただき、浦上天主堂をスタートした。
午後から降り出した雨は集中豪雨となり、34号線も長崎本線もストップ。どしゃ降りの雨の中、鳥栖に着いたら旅館は満杯。なんとかものすごいボロ旅館の布団部屋に泊めてもらい、翌日も豪雨の中を小倉まで。3日目の朝、吐き気もありトイレにこもったら、初めて見る真っ黒いウンチ。吐き気はものを食べる度にひどくなり、楠あたりで嘔吐、吐瀉物に血が混じっていて怖くなり、トライアスロン仲間の医師に相談すると、すぐに戻れと言うので、中止して彼の医院へ。休みなのに検査してくれ、胃潰瘍であることがわかった。
「親指くらいの穴が空いとるからしばらくはランニング禁止。それにしても大っきな心臓じゃが、毛だらけじゃろうな」
と言われたのはまだ覚えてる。

あれから27年、走る距離もスピードも、めっきり落ちたが、まだ走れることに感謝、感謝。家族に一番感謝。

特急いしづち103号松山行きの車中から。
それにしても、便利な世の中になったもんだ。
posted by ultramomosan at 07:43| Comment(0) | 日記