2013年07月27日

後立山連峰縦走の試み

1988年8月の夏休暇。白馬から三俣蓮華・双六(槍ピストン)を経て新穂高温泉までを、2泊3日で縦走した。32歳、はじめての登山マラソン・・・トレイルランではない。
8月11日、大阪駅から急行「ちくま」で白馬に向かった。未明(?)の白馬駅に降り立ち、走り出した。猿倉から雪渓を登り、初日は冷池山荘まで。快晴の稜線を歩き走りながら、夕方たどり着いた。不帰・八峰などの難所をこの時間で駆け抜けられたのは、岩をやめてまだ日が浅かったからだろうし、何より運よく好天に恵まれだけだ。
8月12日、針ノ木から黒部へ降り、船窪から不動・烏帽子へ(烏帽子小屋泊)。
8月13日、烏帽子から三俣蓮華・双六へ、槍手前で引き返し小池新道から新穂高温泉へ降り、夜、岐阜に着いた。

このルートを辿ってみたくなり、今回、パワーあふれる若手・Aboくんに助っ人を頼み、今度はテント泊でチャレンジした。朝4:50猿倉を出コースタイムの1/2以下で白馬山荘まで登ったが・・・荷物の重さは何ともし難く、初日は14時の五竜小屋で天気を見てテントになった(たぶん若くて小屋泊だったら行ったろう)。後は、ずるずると予定が後ろへすべり、針ノ木着が17:00、日曜日朝までに帰宅できないと分かった。翌朝、一番で針ノ木雪渓を単独で下った。

26年前、なぜできたんだろう?
今朝、針ノ木雪渓ですれ違ったトレランの若者を見て得心した。彼はまさに今はやりのスタイル、軽アイゼンもストックも持たずに上がってきた。(もしバランスを崩したら、もし上の誰かが落石を起こしたら、もし雪渓が凍ってたら・・・)そんなことは考えもせず登ってきた・・・彼の経験は知らないけれど、登山経験があれば早朝の雪渓をランニングシューズで登る、なんという行為はかんがえないだろう。
私は幸い登山も登攀もやっておりある程度の準備はできていたが、それでも事故がなかったのは、天候が良かった、運が良かったのだ。それでも私はアイゼンくらいは付けていたけれど。

ただ、この山行でストックの使い方を思い出し、岩のトレイルのあるき方を思い出せたのは、嬉しかった。なにより、歩いてる間だけは、30代の若者に遅れることがなかったのが、ひそかに嬉しい(^-^)。それに、そういう友人がいることがほんとに一番嬉しい。Abo、ありがとう。

しかし、最近、昔の練習を辿ってみては挫折することの連続で、ほんとうに年齢を感じるなぁ。
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posted by ultramomosan at 23:53| Comment(0) | ランニング
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