2013年11月13日

宮崎 青島太平洋マラソンに向けて

今朝は、1カ月後に迫った「宮崎 青島太平洋マラソン」に向けての最後のロング走。
40kmを、1キロ5分40秒のペースでやるレースペースでの練習・・・の伴走。
ミムラさんは、なかなかいい仕上がり。日常的に走り出して半年、この春は10kmジョグでも最後は息が上がってるようだったにもかかわらず、今は写真のとおり。
P1050954.jpg
ここ2年ほどは、週1・2回の軽いジョグ程度だったのが、半年でこれ!はちょっとすごいです。
もう一年たったら、私は伴走できなくなるかな(^O^)

練習の帰りに、盲学校のシバタ先生とばったり遭遇。20年ほど前に、同じ宮崎のマラソンで妻が伴走し、2分だけサブ4にならなかったシバタ先生、盲学校時代はミムラさんの先生でもあって、昨年始め体調を崩して以来ずっとごぶさただったけど、復活されたようすでひと安心。
今朝のミムラさんとの練習を伝えると、「今日の苦しみが免疫になるんだからがんばって!」とアドバイス。

なんか、嬉しい一日だった。

その後、真庭の農業普及指導センターに出向き、所長さんに「ランニングの世界」を渡し、ついでに農業経営改善計画認定申請書を渡してきた。
実家に帰ると、母が「白小豆を量って袋詰めし出荷できるようにしたら、大豆を抜いて乾かす」と待っていた。大豆・黒豆を抜くのは体力がいる・・・腰がうたってしまった。

posted by ultramomosan at 20:20| Comment(0) | ランニング

2013年10月27日

UTMFの環境への影響について

気になっていたUTMF(トレイルラン)の環境への影響をレポートしたブログを見つけた。

http://koyoshina.cocolog-nifty.com/fuji/2013/05/13-042000-8b7f.html?cid=82700637#comments

このブログの作者は、ずっと読ませてもらってた「カリフォルニア針葉樹の森 見て歩る記」の作者と同じかたなのどうか?

今回、成り行き(一度は出て見ておかないと意見を言えないと思って)と、走ってみたい!という勢いでUTMFへの参加を申し込んでしまったが、このようなコース設定をする限り、自分としては走るわけにいかない気がしてきた。

UTMFのサイトには環境問題への取り組みはこう書いてある。

*******************************
本大会の開催決定以来、実行委員会は所轄官庁や多くの自然保護関係者、周辺地域に居住する方々と協議を重ね、また第一回大会では、自然環境への影響についての調査を行うなど、自然保護に関して最大の配慮を行ってきました。
その結果、トレイルへの影響は全体として大きくはないものの、注意の必要な区間や環境条件があることを把握しました。残念ながら、ゴミも一部ですが見られました。豊かな自然を守るとともに、その自然によって多くの人が恩恵を受けることを願う気持ちは、私たちも自然保護関係者も同じです。次回大会では、第一回の結果を踏まえ、より環境に配慮した大会運営を計画しています。
今後、トレイルランニングがアウトドアスポーツのひとつとして広く認知され、継続的に活動が可能になるためには、参加者の皆さんの協力が不可欠です。参加者ひとりひとりが、明日のトレランの命運を担っていることを強く意識し、試走、レー スに臨まれることを期待しています。
なお、本大会のコースづくりと 環境に関する計画については、多くの方のご助言をいただいております。記して感謝いたします。
UTMF実行委員一同
*******************************(以上公式サイトより)

悲しいことだけど、このギャップはどうして起こるんだろう。
見ようと思わなければ見えない。

心不在焉、視而不見、聴而不聞、・・・だ。

この夏あたりから、faebookにかまけてしまい、こちらの更新がおろそかになってしまっていた。
やはり、自分のスタンスを忘れてはいけない。
また、こちらにはっきり残してゆこう。
posted by ultramomosan at 06:14| Comment(0) | ランニング

2013年07月27日

後立山連峰縦走の試み

1988年8月の夏休暇。白馬から三俣蓮華・双六(槍ピストン)を経て新穂高温泉までを、2泊3日で縦走した。32歳、はじめての登山マラソン・・・トレイルランではない。
8月11日、大阪駅から急行「ちくま」で白馬に向かった。未明(?)の白馬駅に降り立ち、走り出した。猿倉から雪渓を登り、初日は冷池山荘まで。快晴の稜線を歩き走りながら、夕方たどり着いた。不帰・八峰などの難所をこの時間で駆け抜けられたのは、岩をやめてまだ日が浅かったからだろうし、何より運よく好天に恵まれだけだ。
8月12日、針ノ木から黒部へ降り、船窪から不動・烏帽子へ(烏帽子小屋泊)。
8月13日、烏帽子から三俣蓮華・双六へ、槍手前で引き返し小池新道から新穂高温泉へ降り、夜、岐阜に着いた。

このルートを辿ってみたくなり、今回、パワーあふれる若手・Aboくんに助っ人を頼み、今度はテント泊でチャレンジした。朝4:50猿倉を出コースタイムの1/2以下で白馬山荘まで登ったが・・・荷物の重さは何ともし難く、初日は14時の五竜小屋で天気を見てテントになった(たぶん若くて小屋泊だったら行ったろう)。後は、ずるずると予定が後ろへすべり、針ノ木着が17:00、日曜日朝までに帰宅できないと分かった。翌朝、一番で針ノ木雪渓を単独で下った。

26年前、なぜできたんだろう?
今朝、針ノ木雪渓ですれ違ったトレランの若者を見て得心した。彼はまさに今はやりのスタイル、軽アイゼンもストックも持たずに上がってきた。(もしバランスを崩したら、もし上の誰かが落石を起こしたら、もし雪渓が凍ってたら・・・)そんなことは考えもせず登ってきた・・・彼の経験は知らないけれど、登山経験があれば早朝の雪渓をランニングシューズで登る、なんという行為はかんがえないだろう。
私は幸い登山も登攀もやっておりある程度の準備はできていたが、それでも事故がなかったのは、天候が良かった、運が良かったのだ。それでも私はアイゼンくらいは付けていたけれど。

ただ、この山行でストックの使い方を思い出し、岩のトレイルのあるき方を思い出せたのは、嬉しかった。なにより、歩いてる間だけは、30代の若者に遅れることがなかったのが、ひそかに嬉しい(^-^)。それに、そういう友人がいることがほんとに一番嬉しい。Abo、ありがとう。

しかし、最近、昔の練習を辿ってみては挫折することの連続で、ほんとうに年齢を感じるなぁ。
P1050551.JPG P1050549.JPG
posted by ultramomosan at 23:53| Comment(0) | ランニング

2013年03月06日

歴史街道マラニックコースの計測

昨日はマラニックのコースの計測。今まではマップサイト「ルートラボ」でコースマップを作成し、GARMINのGPSを持って、コースを走って距離看板を立てていた。
GPSは置いているだけで距離が増える不思議な代物。上空を通過するサテライトを掴んで次に受け渡す時に、座標が移動してしまうからだろう。やはり実際にコースを計測するのが一番正しいと、車輪周長201cm(26'1+1/2)の自転車で実測した。

案の定、じょじょに差は広がり、最初の給水所・用瀬クライミングエリアでは16.8kmとなった。折返し地点も32.33kmとなり、復路の備中町黒鳥エイドは43.44km。成羽町成美コミュニティハウスは54.67kmとなった。
このまま行くだけで、2kmの誤差となり、78kmコースは80kmとなる。

来年は、スタート時間を6時半にした方がいいかもしれない。
P1040629.jpg P1040607.jpg
P1040602.jpgP1040612.jpg
帰ってきたら7時過ぎ、まとめをしたら、8時半。
やはり、今日は走れなかった。
こういうのが始まると、いつもこうだ。走れなくてストレスが溜まる。
posted by ultramomosan at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ランニング

2013年01月26日

岡山でのトレイルランの集まり

Facebookで呼びかけられていた、「岡山でもトレランを盛り上げたい」という集まりに行ってきた。市内のcafeだけど、広くて、プロジェクター完備でいいところだった。

0002.jpg 0001.jpg
(Facebookの写真をお借りした)

ウェスタンステイツの写真を見てもらいながら、いろいろとお話をさせてもらったが、(こんな時代が来たんだ)と、ふと目頭が熱くなった。
1990年のクリスマス、カリフォルニア・サクラメントで行われた6日間レース "Gibson Ranch Multiday Clasic"に参加したとき、知り合ったChrisとGeorge。彼らの家に泊まらせてもらい、Georgeのバックルコレクションに、山を走ることをこんなに楽しんでる人がいるんだ、と感動し、早速、91年6月のWS100にエントリーした。
しかし、資金の問題であきらめていたSydney〜Merbourneレースに、スポンサーが見つかり急に参加できることになり、参加。5月いっぱいでオーストラリアから帰国し、続いてのWS100参加は、仕事も資金も許してはくれなかった。

はれて1992年のWS100に参加し、Chris&Georgeのおかげで、23時間内で完走することができ、日本人初のシルバーバックルを腰にすることができた。それから4年ほどだろうか、雑誌「ランナーズ」にトレイルランWS100の事を書いた。依頼8回、カリフォルニアの山を走りつづけ、2000年には、John Muir Trailをトレイルランで走った。雑誌の記事にも関わらず、トレイルランニングは90年代にウルトラマラソンのように盛り上がることはなかった。

爆発的なトレランブームが始まったころ、私は沈みゆく会社という船の中で悪戦苦闘していた。

2009年2011年とJohn Muir Trailのスルーハイクをし、2011年には、Leadville Trail 100でやっと、トレイルランに戻ることができた。

いろいろあるけれど、自然の中を楽しみながら走る人たちが増えることは、素晴らしいことだと思う。
トレイルランの健全な発展を、心から祈りたいと思う。
posted by ultramomosan at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ランニング